蛇イチゴ

以前「ゆれる」を観て、つくづく良かったので、西川美和監督の処女作である本作も前から観たいと思っていた。

これも素晴らしい。すばらしい映画だ。

役者がみな巧い。脚本も実にいい。せりふのひとことひとこと、表情や景色のひとつひとつが、演技のうまさと、時に残酷なほどの人間観察のするどさによって活き活きと描かれ、実に申し分ない。

基本的に救いのない話なのだが、不条理とカタルシスが微妙に交互に織り込んであって、予定調和な話ではありつつ、目が離せない。
最初のシーンだけややダレめなのは、遅れてきた観客への気遣いという、作劇術の基本を西川監督が心得ているということなのだろう。でもそこを、一見ふつうの風景に含まれる異常に観客がしだいに気づいてゆき、進行に吸い込まれはじめるという効果としても使っており、こういうのもいちいち巧い。

人間心理のひだ、迷い、変転などが、ストーリーと有機的に結びつき、巧い役者たちによって説得力をもって魅力充分に描かれ、そしてそれらのすべてが、素晴らしいラストシーンで昇華し、しばらくして、いままでのすべての暗喩が、観客の心と感情のうえに、ぱらりぱらりと舞い落ちてくる。
もうね、泣きはしませんでしたが、あのシーンを通して感動、せつなさといったものがさらにじわじわと湧きおこって、文学的な感銘と快感をつくづく味わった。
ラストシーンの画の鮮明さ、シズル感、生物のなまなましさ、極言すればエロティックさは、いままで観てきた映画のベスト3ぐらいかも。

(ベスト2か1は、同監督の「ゆれる」のそれだろう。あの香川照之の笑顔、そしてバスが来て、バスが去りきらないところで画を落としてしまう西川監督の余韻の残し方、センス、タメ、あるいは「イジワルさ」は、もう、どうしていいかわからないほど素晴らしかった)

各シーンや暗喩、ラストシーン前後をどう感じ想像するかは十人十色だろうし、そういうことを勝手に規定したくもないけども、最後に娘が早朝帰宅するあたりのせつない虚ろさ、寝室の父の表情、そして玄関脇のフラフープやハンガーがかもしだすある種のメタファーで、画と雰囲気と観客の(下手すると意識下の)想像をある方向に曲げておき、そこにあのラストシーンをぶつけてくるところには、ほとほと参った。この作品の脚本を書いて監督した西川氏は、当時まだ弱冠28歳だったらしい。

DVDには西川監督のインタビューなども入っている。Sly and the Family Stoneを聴いていて着想に至ったというのがとても面白い。撮影場所も吉祥寺Star Pine's Cafeとか家の前の石神井公園ボート池だったりして親近感が湧く。

よい脚本と演技で構成された大人の映画を見たいならぜひおすすめ。観てみてください。観ろ。

蛇イチゴ

蛇イチゴ