緒形拳さんが先日亡くなりました。合掌。
いい役者さんだったと思うのですが、そんな緒形拳の知られざる主演映画がこの Mishima: A Life In Four Chapters.
Mishima: A Life In Four Chapters - Wikipedia

三島由紀夫の自伝っぽい映画ですが、アメリカ映画です。 製作はなんとフランシス・コッポラとジョージ・ルーカス、 監督はポール・シュローダーです。 ハッキリ言って名作だと思うのですが、日本ではたしか三島夫人からの強い抗議を受けて一切上映・公開不可となっているため、ふつうに入手したり見たりすることはできません。
僕がどこでどうやって見たかはひみつです。消されても困るし。

Mishima: A Life in Four Chapters Mishima: A Life In Four Chapters (1985 Film)

ストーリーは四部構成。 金閣寺, 鏡子の家, 豊饒の海からのクライマックスの抜き出しが3つのおかず、 そしてそれらを取り巻く主食が、「仮面の告白」から三島自決に至るエピソード。

「金閣寺」からのエピソードは、ほとんどが舞台演劇のテイストですすむ、 映画としては抽象的なもので、主人公の坂東八十助のどもる演技などすばらしい。
当然「どもり」「かたわ」とか科白にでまくりなのだが、 これをいま公開するとなると、くだらない言葉の言い換えによって、 「身体障害とエロティックの関係」という作品の主題は無惨に破壊されてしまうだろうから (何しろコンニャクゼリーが販売禁止になろうという民度の低い国だし)、 公開禁止のままのほうが幸せかもしれない。

「鏡子の家」で女社長とサド・マゾな関係に陥らされる青年を演じているのは沢田研二で、 これがまたぴたりとはまって結構いい。セットの昭和サイケ感がまた素晴らしい。

これらの土台となる三島自身のイッヒ・ロマンだが、 「仮面の告白」を三島の私小説ととらえてしまってよければ(いいよねえ)、 祖母との確執や、聖セバスチャンの殉教図を見て生まれてはじめてのオナニーをする少年時代の回想 (ただしナレーションはちょっとぼかした表現になっている) おなじみのシーンがつづく。

この映画、サウンド・トラックを担当しているのが、 かのミニマル・ミュージックの巨匠、フィリップ・グラスである。 その筋のひとならフィリップ・グラスが音楽担当の映画の新作、 というだけでも見る価値アリだ(ダライ・ラマの伝記映画Kundunも良さそうなんだよねえ)。 最初のタイトル部分、 アルペジオのオーケストレーションの盛り上がりにつれて mishima のロゴが浮かび上がるところなど、どんだけ 「キター!!」 の感動に鳥肌をたてればよいのでしょうか僕は。

ほかにもけっこういろんな役者さんが出てますが、 なんといっても主演の緒形拳はイイです。 エロティックなナルシズム、ある種の狂気。 三島の写真集「薔薇刑」の被写体を明らかに模したシーンもありますが、 こんなところまでピタリとはまる緒形拳はほんとにいい役者さんだったと思います。

そして最後の切腹シーンに至るまで、 三島や森田必勝たちが市ヶ谷の自衛隊にRT型トヨタ・コロナで向かうあたりなど、 昭和40年代の東京の風景などがかなりの精度で再現されていて、 映画のツクリとしてもつくづく感心します。 (一瞬だけ、そのころ無かったはずの車種が通り過ぎるのが 映っちゃうけど、逆にいえばそんぐらいです)

ただ、終わりのほうで個人的にがっくりきたのは、 市ヶ谷自衛隊で演説する三島のシーンにかぶさる、 明らかに作品「F104」への言及と思われる、 三島の航空自衛隊ジェット機への体験搭乗の一連のカット。

この文学作品のクライマックスは、 「高空に垂直に屹立する男根」といった、 ロッキードF-104戦闘機のファリック・シンボルとしての 明らかな投影であり、これが作品のテーマであり、劇中ナレーションにもそれが現れているが、 でてくるヒコーキはなんと、あの丸くマッタリとした機影のT-33シューティングスターなのである。

くだらない下ネタになってしまうので、カタチへの言及はこの程度におさえておくが、 40年前の東京の走行シーンと街影をあれだけ忠実に再現しているのだから、 なんぼなんでもココもなんとかならなかったものだろうか。

F-104 T-33

ともあれ、三島好き、オルタネイティブ好き、サブカル好きなら 一度はおさえておいて損はない一作だ。

というか、どうでもいいけど、またこういういろんな不穏当な単語がいっぱいの 記事を書くと、またGoogle AdSenseが出なくなっちゃうかな。 EMAに有害情報として検出されそうだ。