07 February 2007の記事一覧です。
フィールドワークというか。

環境ビデオや印象ビデオ、環境音楽や印象音楽をつくるために、 いろんなものを撮ったり録ったりするわけですが、 この作業は、ほかの作業と両立させるのが非常にむずかしい。

起きているときは、同時に複数のことを考えて実行しているのがふつうだと思います。
たとえば街を運転中であれば、ミクロには前のクルマとの間隔とか、 そこの横断歩道にいる爺さんが渡りだしてくる危険性の計算とかをするわけだし、 もうちょっとマクロには、前のクルマの最近の挙動から運転のヘタさを割り出して 車間をもうちょっと開けるとか、前のやつが詰まっちゃったときに とっさに別の車線に逃げて進むために横や後ろの車線の様子を見ておくとか、 横や後ろの車線をまえもって牽制しておくとか。
バスがいたら車内の停止ボタン点灯やバス停の客の数をチェックするし、 タクシーがいたら、客が乗ってて降りるそぶりがありそうならこっちも対応準備をするわけだし、 客がまだ乗ってなかったら、タクシーと同じく手を挙げて車を止めようとしている奴がいないかこちらも注意力の数パーセントを割り当てておき、タクシーの客寄せ急停車に備えるわけだ。
さらにメタには、 移動ペース計測になりそうな車を数台ガンをつけておいてときおりしらべたり、 都市の混雑状況とルートの最適化とか、そもそもきょう車で移動すべきだったかとか、 あとは来年度の会社の組織はどうすんのがいいかなとか、 子供の中学進学はどうするかなとか、 そこの店の広告はなかなか斬新でいいが、実際の購買行動にはどんぐらい結びついて 出稿投資効果にはどんぐらい見合ってんのかなとか、 あの曲のサビのあとはどう展開するといいかなとか、 昼メシは何を食うかなとか、同時にいろいろ考えるのがたのしいわけだ。

ビデオや音素材を求めて動くときは、こういうことがまったくできない。 この風景 (交通標識の右下半分とか、パチンコ屋のネオンのかけらとか、排水路を流れる水とか) をどういう尺でとりこんでおき、どのエフェクトでどう料理すると、 どういう曲・歌詞のどういう場面に意外にも合うのか、という思考は、 それ以外の思考とはなにもかもが違うもので、両立させることが 少なくとも僕にはまったくできない。 頭をすべて専用回路・専用アプリケーションにする必要がある。
この思考のきりかえ、マインドセットのきりかえには、 頭のリブートのような段階をとおっていく。 これには数秒の集中を必要とするので、たとえば車の運転中にはしないようにしている。
リブートすると、まわりの風景が最初はモノクロームにみえ、 次第にカラーになってくる。

この両方のマインドセットをも同時並列実行できたらすごいな。 これができないのは、単に僕の頭の性能の問題かもしれない。

Faustmusik 「ファウストムジーク」ってぐらいで、ゲーテのファウストが題材。 ドイツのポツダムで1994年に 「Faust::Mein Brustkorb: Mein Helm (My Breastbone: My Helmet)」 という芝居があり、その舞台音楽らしい。 というかブリクサがメフィスト役で出ていたようだ。

内容は、割と持続音系がおおく、ドイツ語のモノローグ、語り系も多い。 基本的にそれほど打撃系、メタル系はない。カキンカキンはしてないです。
ぞわーっと、内省的な深く暗いノイズ。 最近聴いた音だと、ヒカシューの「転々」とかいける人ならいけるのではないだろうか。 下腹部に沁みる不安感がとてもよろしい。 これを舞台音楽にしたファウストの上演というのはかなりよさそうだ。
(こないだの新国立劇場の勅使河原三郎のダンスもかなり見たかったな〜)

舞台音楽の作曲編曲というのもやってみたいな。 プログラミングとかサーバうんぬんの仕事なんて、もうどうでもいいですヨ。